電話を待つ

娘は 割と頻繁に電話を掛けてくれる
以前は 私が携帯を2台契約していて 1台は亡くなった母に持たせていた
母が持たなくなってから 娘に渡し 無料通話で 長電話をしていた
でも 娘の契約が どこの通信会社に掛けても無料なので
話したいときは 娘から掛けてもらうことになり 私の契約は1台にした
同じ通信会社にすればいいのだが 私はスマホにしないのでできない
今日も 午前中に電話をくれた
話し始めたばかりの孫が 片言 言うのを聞きつつ 家事をしてるのを聞きつつ
昨日あった遠足の話や 近頃のことなど 長々と話す
私は それで 随分と 精神の安定を保つ事が出来ている
もし 無かったら 私は どうなっているのか 考えることもできない
だから 娘は電話を掛けてくれているのだと 私もわかっている

日曜に 上の孫に手紙を書いた
その日は 5月の第3日曜恒例の 菩提寺の大般若祈祷会だった
亡くなって20年以上の祖父が 参加できなくなってから 私がいつもお寺に行く
御祈祷には10人以上の僧侶が集まり それはそれはよいお経を聞く事が出来る
いつも早い時間に行って最前列でお経を聞く
最前列に座るのは 散華をいただける可能性が高いためでもある
過去にも ブログで書いて その際「散華」という言葉を コメントで教えていただいた
ここ数年 私の座る場所には散華は舞い降りてこなかったのだが
今年は なんと 3枚 舞ってきた
両隣の人もすでに持っていらっしゃる
すぐに思った…これは娘と孫の分なのだ…と
「神」を信仰している人がいるように 私には お寺の仏像とはおそらく別であろうと思われる「仏さま」と呼ばせていただいている存在がある
私は「仏さま」の所からやってきて「仏さま」のところに帰る
毎朝仏壇にお水とお茶をあげるのは これは お墓参りに行くのに近い感覚であるが
仏壇と 仏さまは 私の中では ちょっと違う
だけど 毎朝 仏壇に手を合わせる際に 自分の「仏さま」と会話をする
それを「信仰」と呼ぶのかどうか 私は知らないし
仏さまの存在があるからお寺に行っているのではないと思う
どちらかと言えば 私が言う「仏さま」は昔から日本人が
「おてんとうさま」と呼んでいる なんでもお見通しでいる良識 みたいな感じかもしれない
3枚の散華は 仏さまからの通信のような感じだと 私は受け取った
「毎朝の願いは ちゃんと聞こえていますよ」
とてもありがたくて数珠の袋に入れて大切に持ち帰った
そして 孫に手紙を書いて 散華を入れた
孫には 金と銀の花びら型の不思議な絵の描かれた紙は 嬉しくもなかったかもしれない
「のらねこぐんだん」の絵が描いてあるカードや「仮面ライダー」のカードなら
どれだけ喜んだか知れない
おばあちゃんの手紙も 今日のは いつもと違って ちんぷんかんぷんな内容だっただろう
ぽいっとほおり投げて ブロック遊びをしようと 思ったかもしれない
いつもなら「お手紙ありがとう」と電話をくれるけれど
今日の手紙は お寺にお経を聞きに言ったら みんなの分の散華をいただいて
散華は仏さまが守ってくれるからです なんて書いてあって
娘も説明に困っただろうし 迷惑をかけて 婿さんにも 嫌な思いをさせたかもしれない
電話はかかってこなかった
でも 仏さまはちゃんと守ってくださっているのが分かっているので
私は安心したのだと 孫には無理でも たぶん 娘には通じたろうと思う
それで十分だし もしも誰もわからなかったとしても
私は分かっているので それだけで充分満足している

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by lilywhitesquirrel | 2018-05-22 23:20 | 日々思うことなど

少しずつ 再開と思いましたが 無理があり あまり更新できません。


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