きつねのことばかり考えていたり…

キツネのことを昨日書いて
大和町のチバさんのブログを何度も見たりして
キツネのことを考えて 自分で書いた「野生動物と人間の境界」について 考えていた

私は動物は 動物園とか テレビ番組とか 本とか そういう「ほかの人が作ったもの」
でだけ 知っているので どうしても 物語のことを考えていた
そうしたら なんと!先ほど読んだ 大和町のチバさんのブログが「もののけ」の話だった
すごく面白かった 早速本を探して読むことにしよう!

自分が考えていたのは「手袋を買いに」「ごんぎつね」「どんぐりと山猫」「雪渡り」
などの 有名な 動物たちが主役の物語のことだった
人間との境界線・・・
手袋を買いに は 改めて説明することもないだろうが
子狐が夜の町の帽子屋を訪ねて「このおててにちょうどいい手袋をちょうだい」という
母狐は 昔 人間に追いかけられて殺されそうになった記憶がトラウマで
いくら危ないと思っても 可愛い子どもを一人で買い物に出すしか出来なかった
それだけど 子狐は間違って 狐の魔術で子どもに手にされたほうの手ではなく
狐の手のほうを出してしまう
それでも帽子屋は 出された金貨をチンチンと打ち合わせて どうも本物らしいと思い
子狐に手袋を売る
子狐は「ほんとうに人間は恐ろしいものかしら?」と 心の中で思う
はたして・・・子狐は この後 どんな一生を過ごしたのだろう
ごんぎつねは いたずらな厄介な狐だった
寝込んだおっかさんに何とか食べさせたかったウナギをとられた仕返しに
ごんは銃で撃たれる
死んだ後に 山の食べ物を届けてくれていたのが ごんだと知る
小学校の教科書に載っていて 子どもたちは感想文を書かされる
宮沢賢治の2作は 子どもだけに許された 動物との交流という設定になっている
少し大きくなった兄さんたちも 残念に思いつつも
まだ小さい弟たちを「行っておいで」と 出す 土産も持たせる
ただ 賢治の書いたものは「なめとこ山のクマ」にもあるように ファンタジーなばかりではない

私たちの今のこの時代とまったく違う時代の作品たち
闇は真っ暗に暗く 動物たちのところには 車で行くわけではない
明かりはLEDのヘッドランプじゃなくて せいぜいが提灯
GPSもなければ スマホもない
境界線は 今とは全然違っていたと思う

なにしろ 私は山を登る力が無くて 車で行かれる体力もあまり無くて
滅多に山に行くことは無いのだけれど
数年前 長野を訪ねた時 美ヶ原へ行った
王ヶ頭に泊まり 100名山の1つに登った形になったが…
私が歩いたのは たかだか100歩くらいだろう
2000mまで たかだか100歩で到達できるのだ
真っ白な霧の中で 何も見えない山頂だったが 初めての2000mだ
もっと高い所まで 歩かずに行かれるところは日本にもいくつかある
狐だって もののけだって ビックリ仰天なんかしない
そういう時代を受け止めているに違いない

だから…境界線をどうしたらいいんだろうなと 考えると
上手く文章にまとめられない状態に陥る
陥ってしまったので うまく話せない だけど…いろいろ考えている
だけど 考え続けていることで たぶん 私にも何か あるんじゃないかなって思いたい
考えるのを辞めてしまわずに 山のおかげで生きていることを忘れずに
生きていたいと思っている

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by lilywhitesquirrel | 2018-10-05 23:33 | 日々思うことなど | Comments(0)

少しずつ 再開と思いましたが 無理があり あまり更新できません。


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